技術経営ブログ

織田信長のイノベーションと経済政策

2020年2月20日

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戦国時代の風雲児とも呼ばれ、天下統一まであと一歩まで迫った織田信長。弱小尾張一国の小大名からスタートし、勢力を一気に拡大することができた理由の一つに、信長自らがリードした「イノベーション」がいくつかある。

その「イノベーション」の一つとして戦術のイノベーションがある。有名なのは長篠の戦いで活用した鉄砲を利用した戦術である。鉄砲そのものの原型は西洋から輸入されたものであるが、日本において、飛距離は1.5倍まで向上し、命中率も飛躍的に高くなるように改良がなされ、その性能は西洋人ですら驚愕するほどだったと言われている。信長のイノベーションは、この鉄砲を改良したところというよりも、むしろこれを戦術的に活用することで武田の騎馬隊を破ったところにある。

また、武器のイノベーションとして鉄甲船がある。毛利水軍に手を焼いていた信長は、家臣の九鬼嘉隆に圧倒的な強さを誇る大型軍艦の製造を命じた。これが鉄甲船である。鉄甲船は鉄張りで構成されており、大砲まで装備していたと言われている。この鉄甲船からなる九鬼水軍により、毛利水軍を迎え撃ち、撃退したと言われている。

他のイノベーションとしては、兵農分離がある。戦国時代は、常備軍を持つという考えが殆ど浸透しておらず、農民が兵士を兼業するのが通常であった。つまり、春や夏のような田畑の耕作に忙しい時期は他国と戦争を行わず、秋の収穫後に農民から兵士を徴用し、他国と戦争するのが暗黙のルールであった。信長はこのような慣習を破り、戦の専門家集団を常備させ、田畑の耕作時期に限らず、いつでも常備軍を通じて他国と戦争ができる状態としていた。この兵農分離による常備軍を持つことで、農繁期に他国に攻め込むことができ、準備不足の他国を弱らさえていく作戦が功を奏したといえる。

但し、このような数々のイノベーションを興すためには相当のお金が必要なのが分かる。数多くの鉄砲を準備するためには、また鉄甲船を製造するためには、相当な費用がかかる。また、兵農分離を進めるためには常備軍を常時雇用する必要があり相当な費用がかかる。つまりイノベーションを興すためにはその代償として相当な費用がかかることは、今も戦国時代も変わりない。

信長はそのイノベーションを興すための費用を自らの領国の経済政策を通じて実現している。その代表的な例が楽市楽座政策だ。戦国時代では、ほとんどの場合、座に属さないと商売ができなかった。つまり座という一つのギルドを作ることで既存の商人たちは、新規参入を妨げていたのである。信長はこのような座を廃止しすると、信長の領国に多くの商人が流入し、彼らが取り扱う商品を作る農民や漁師、職人も増え、物流関係者も増え、結果として領国が豊かになる。その見返りとして徴収する税金も増加し、信長の懐も結果として潤うことになるのである。このようにして資金を確保し、これをイノベーションに積極的に投資し、他国と比較して圧倒的優位性を確保したのである。

つまり、信長は、イノベーションと経済政策を互いに連動させて領国経営を行っていたのである。つまり経済政策で資金調達を行い、イノベーションを興し、他国を圧倒していくサイクルを戦国時代から創り出していたのである。

現代においてのイノベーションサイクルも、信長の時代とはその具体的な方法は異なることは勿論だが、社内の経済政策、つまり会計戦略を通じた資金調達とイノベーション戦略の連動が求められる。この度執筆させていただいた「競争力が持続する戦略」(日経BP)も、会計(社内の経済政策)とイノベーションの連動が主なテーマになっている。

 

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